使えない情報を持っていることになんの価値があるのだろうか

どうも、ほりぴーです。

今日は「情報」ってなんだろうって話。

情報が重要ってよく言われてるけど、どんな情報がどうして重要なんだろう。なんでも知ってりゃいいってもんじゃないだろうし。

もやもやしていたので文章にしながら考えてみました。

情報をぼくなりに定義すると

「情報」ってなんなのか。

まずは言葉の意味をしっかりつかむためにいつもお世話になっているコトバンクで検索してみました。

デジタル大辞泉によると

じょう‐ほう〔ジヤウ‐〕【情報】

1 ある物事の内容や事情についての知らせ。インフォメーション。「事件についての情報を得る」「情報を流す」「情報を交換する」「情報がもれる」「極秘情報」
2 文字・数字などの記号やシンボルの媒体によって伝達され、受け手に状況に対する知識や適切な判断を生じさせるもの。「情報時代」
3 生体系が働くための指令や信号。神経系の神経情報、内分泌系のホルモン情報、遺伝情報など。

と定義されています。

で、今日ぼくが考えようとしてるのはここでいう1番と2番の意味での情報。

3番を期待していた人(いないと思うけど)さようなら〜。

大辞林 第三版によると

じょうほう【情報】


事物・出来事などの内容・様子。また、その知らせ。 「横綱が引退するという-が入った」 「戦争は既に所々に起つて、飛脚が日ごとに-をもたらした/渋江抽斎 鷗外」

ある特定の目的について、適切な判断を下したり、行動の意思決定をするために役立つ資料や知識。

機械系や生体系に与えられる指令や信号。例えば、遺伝情報など。

物質・エネルギーとともに、現代社会を構成する要素の一。 〔「事情」を「報告」することから一字ずつ抜き出してできた略語。雑誌「太陽」(1901年)に出てくるのが早い時期の例。諸種の訳語とされたが英語 information の訳語として定着〕

となっています。

デジタル大辞泉より細かく分類されています。

今日考えていきたい「情報」について簡単に説明すると

”ある物事についての知らせ” ・・・(A)

”受け手に適切な判断や意思決定を行わさせるもの” ・・・(B)

ということになります。便宜上(A)(B)という風にします。

じゃあここからそもそも情報ってなんなのか、なんで大事なのかってことを考えていきましょう。

どんな情報が大事なんだろう

情報は大事。

これは常々言われていることだと思います。

だけど正直なんでもかんでも情報を集めればいいわけではないと思ってます。自分にとって必要のない情報を集めるのって無駄なこと。そんなの集めるのは時間の無駄。

情報は今の時代ものすごくあふれています。網羅することができないのに多く集めることになんの意味があるのか?

使えない情報を持っていることになんの意味があるのか?(そしてそれをぼくにひけらかして時間を奪う人は消えてなくなれって思ってます)

「情報を知っているだけ」っていう状況は恐ろしく無駄なことです。

だって今は情報を手に入れようと思ったらスマホですぐに手に入れられる時代。多くの情報を持っているだけって状況にはなんの意味もないです。

そう考えると先ほどの(A) に定義した情報っていうのは(B) の情報に比べて価値が低いと言えそうです。

なぜなら(A) の情報は持っているだけの情報になりがちだから。

大辞林の例にある「横綱が引退するという情報が入った」という一文。

ここでの情報とは「横綱が引退する」ということ。

この情報を手に入れたところで、なんにもなりません。せいぜい話のネタになるくらい。そんなもん。

だから(A) の情報って別に知らなくってもいい。極端だけどそう思います。

だって(A)より(B)の方が大事だから。(A)なんていらない。

「じゃあ世の中のことを知らなくっていいと思っているんかこの若造が!」っていう人。そうじゃないんです。

(A)の情報を(B)の情報にする努力が必要だよってことなんです。

社会で生きていく上で必要な情報ってあります。だからなんにも知らなくっていいって言ってるわけじゃないです。

手にすることのできる情報を(A)に分類することしかできないのはまずい。ってことが言いたいんです。

これからどんどんAIが台頭してくるなかで(A)の情報を知っているだけの人なんて価値がないんです。だって多くを知っているということに関して人間はAIには勝てませんから。これからというか現状(A)の情報しか集められない人はもうすでに価値が低いですよね。

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だから自分のなかに(B)の情報を増やしていく努力をする必要があるんです。

自分が何かを判断したり、自分の行動の指針にすることのできる情報を集めていかなきゃいけない。

(A)の情報しか持っていない物知りになっていい気になっている場合じゃないんですよね。

どんな情報も使えるように

(A)の情報を(B)に変える。

その方法は視点を変えてみることです。

そうすることで自分にとって意味のある情報にすることができます。

基本的にはすべての情報は人それぞれの立場によって(A)にも(B)にもなります。

先の横綱の例。

相撲を見ない女子高生にとっては(A)の情報でしょうが、横綱がよく通うお店の主人にとっては(B)の情報です。横綱に花を贈るなり、ねぎらいの言葉の手紙を贈るなりするからです(イメージです。身近じゃないからなにするのか知りません。笑)。次の行動へと繋がっていく情報となっているため(B)の情報と言えます。

立場によって同じ情報でも(A)にも(B)にもなる。

だから視点を変えてみることで(B)の情報を増やしていくことができるんです。

違う立場の人からの視点を想像してみる。

そうすることでその情報が自分がなにかを判断する際の目安になってきます。

情報がどんなタイミングで自分の役に立つかはわかりません。だからいろいろ知っていた方がいいと多くの情報を集めてしまうんだろうと思います。

もちろん量が重要なことは否定しません。

でもそれはあくまで(B)の情報の量である必要があると思っています。

自分のなかに取り込むときに少しでいいから考えてみる。

「この情報ってどういう風につかえるだろう」とか「これってあの話と繋がっててこういうことなんじゃないか」とか。

なんの意思もなく情報を取り込むことは悪です。

考えてその情報に意味を持たせて(A)の情報を(B)の情報にする努力をしましょう。

かく言うぼくもまだまだあまちゃんです。

でも意識するとしないとでは大きな差がある。

自分が使うことのできる(B)の情報を増やしていけるようにしましょう!お互いに!

以上です。ありがとうございました。

 

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